ふぁんしぃ
2007
朝の予定
論文ゼミがあるという理由で授業は休みたくない。
ゼミ室の目標登校時刻、9時半には行けないだろうけど、
せめて授業には間に合うようにして行こう。
↓現実
目を覚ますと10時半。
普通に寝坊してんじゃん!
諦めて風呂入って飯食って11時半に登校。
昼の予定
TAがあって16時まで体が空かない。
にもかかわらず論文ゼミは16時からだ。
昼のうちに資料を印刷して備えよう。
↓現実
予定通り印刷してモチベーションを上げる。
ホワイトボードに連絡事項が…
『論文ゼミ18時から』
肩すかしをくらった。
予定通りTAは始まる。
夕方の予定
TA終了後すぐ論文ゼミスタート。
…は無理になったので、その開いた2時間は調査にあてる。
18時から始まる論文ゼミ、私は2番手。
ひとり1時間半として21時終了。
みんな疲れてるだろうから私は短く終わるだろう。
↓現実
ひとり目が2時間ちかくかかる。
なんかみんなから“今日は止めよう”って目が。
紆余曲折の後明日やることに。
なんか腹が立つ。
夜の予定
終わった喜びに浸り温泉でだらだら。
一人で打ち上げをして就寝。
↓現実
終わってない。
しかしこれだけ予定通りに行かなかったのだ。
ひとつぐらい予定通りに実行しようと、温泉にはいく。
いい湯だった。
明日はどっちだ。
2007
いまいち能率が上がらなかったツケです。
後半焼酎を飲みながら仕事。
大事なことに気がついた。
…CD返しに行かなきゃ。
車使えないじゃん!
しゃあない、朝行こう。
2007
月の分は昨日でだいたい完成したが、
木のやつは…ほぼ手つかずである。
今思えば土曜日朝まで飲んだのは良いとして、
後輩の家に泊まったのが間違いだったなぁ。
眠くて土曜日使い物にならなかった。
結果的に夕飯はVITAに家族と行き、
グラス一杯だけビールを飲み、
なんか色々どうでも良くなってしまう始末。
どういうわけかパスタがいつも以上にうまかった。
日曜日は割と仕事したけど
親族でお食事会がありまして、
それに連れて行かれ、
祖父の護憲論を聞かされまして、
疲れて帰ってきたわけです。
帰ってきてネットニュースを見ると今日はCMJだという。
そうだoffice cue主催の野外フェスが開催されていたのだった。
さっそくcueのサイトに行ってアップされている写真を見る。
しばし悶々
PUFFYが『渚にまつわるエトセトラ』『アジアの純真』を歌っている姿
BEGINが『島人ぬ宝』を歌っている会場の様子
妄想ばかりが広がって若干テンションが上がりつつ凹む。
そんなことしてられないと再び仕事を始め
気がついたら明るくなってたりして。
今週抜けたら、とりあえず楽になる。
そうだ
木曜日は温泉に行こう。
2007
長距離ドライブというのはやっぱり疲れる。
下道回避という緊張のほぐれと、
埼玉までまだ一県あるという事実。
もう暗くなってきているという若干の不安。
疲労からか私の体は甘いものを欲していた。
3人で薄皮饅頭を買おうという話になる。
たしか630円だった。
「じゃあひとり200円で、
じゃんけんに負けたやつが残り30円払うってことで!」
こういう遊びをしているあたり、
やっぱりみんな飽きてきていたということは想像に難くない。
再び車を走らせる。
饅頭はうまい。あんこの滑らかさが心地いい。
一気に2個をくらい、お茶を飲む。
さていよいよ関東圏に入った。
仙台のあたりもそうだが、都市はトラックがとにかく多い。
トラックの後ろは視界が悪いので追い越したくなるのだが、
この都市の量は尋常ではなく越しても越してもトラックがいる。
これはちょっとおっかない。
一県一休憩運動とは言いつつ
栃木で休憩を取るかどうか迷っていたが、
塩さんのトイレの一声で上河内SAによる。
今回の運転で一番ひやりとしたのがこのSAだった。
駐車場に車を入れるときの
右前の鼻と隣の車の車間距離はかなりギリギリ。
塩さんもさすがに「だいじょぶか?」と声を出すほど。
近づいているというテンションに押され
疲労に気づいていなかったようだ。
旅行記録からもそれが読み取れる。
案の定車を降りると少しふらついた。
これはやばいとあえて体を動かす。
ももを伸ばし、屈伸をし、ピッチングフォームを確認した。
話はそれるが
塩さんにとって私の運転は少し危なっかしいらしい。
なんかいかおっかないと思ったという。
私はほんとうにここのSAが唯一なのだが
具体的にどことは彼も言えないだろうし
きいても思い出せないと思うけどね。
話を戻そう。
ここのSAではもうすぐだしとりばーさいどさんに電話もした。
もうだいぶおかしくなっている私の第一声
「めっちゃ餃子!」
ここは宇都宮、SAのなか餃子だらけだ。
りばーさいどさんの笑い声にモチベーションを取り戻す。
よし、もう一分張りだ!と再び走り出した。
そろそろ高速も降りるということで
塩さんが地図を見て予習を始める。
だいたいはつかんだというが果たして大丈夫なのか?
一抹の不安を抱きつつ高速を降りる。
料金所には青森からいくらかなんて書かれているわけもない。
会費の封筒から一万円を取り出し、支払いに構える。
-あれ?
おっちゃんが料金所から出てきて何かを確認している。
「軽ですね。この距離なら、間違ったら大変だもんね。」
そりゃそうだ。
「ありがとうございました!」
料金所のおっちゃんにハイテンションな挨拶をしつつ
車は下道へと降りていったのである。
結局高速道路にいた時間は8時間20分であった。
2007
にもかかわらず、時折事の重大さに気づくのが遅れる場合がある。
実はこのときもそうだった。
通行止めという標識を見て「やばくね!?」といっていたものの
実はこのとき、まだぱっとしてなかったのである。
時間的に大幅にロスするということや、
街中走行へ対する危機感は薄かったのである。
それがやっと私の中で現実味を帯びてきたのは国見SAだった。
おそらく高速を多く利用しているであろう
トラックの運ちゃんたちが大勢止まっているのだ。
この人たちが止まっているということは
やっぱり復旧には時間がかかるんだな・・・
などと考えをめぐらせていたのだった。
ひょっとして通行止め解除になるかもしれないと思い、
ちょっと長めに休憩を取ることに。
急に出汁が恋しくなった私はそばをチョイスした。
海外旅行をしているわけじゃないのでおそらく疲れていたのだろう。
なんかおいしくない。
小松菜?の御浸しが入っているのだがそれが出汁とあってない。
掻き揚げもイカはくちゃくちゃするし、エビは妙に硬い。
そんでもって蕎麦もぼろぼろだったらチープ感を楽しめたのに、
蕎麦だけは妙にしっかりしている。
今後のことを考えていたのもあって食った気がしない。
あきらめて走る。渋滞が見えてきた。
長野のときの渋滞以来2回目の高速での停止。
前回の時は左車線と右車線で車の最後尾の位置がだいぶ違ってた。
その経験から今回は右車線を選んだ。
左に入るとき困ったらDOSさんに窓から顔を出してもらえば良いや。
予定通り左に比べたら結構前の位置で止まった。
こうなってしまってはあせっても仕方ない。
通行止めが解除になることだけを祈った。
そんなもんだから
車が流れ出したときのテンションの上がり具合といったらなかった。
鰹さんには本当に助けていただきました・・・という気になった。
これはひょっとして
『40秒で支度しな!』
には間に合うのではないかという淡い期待を持って
夕焼けの中車を走らせたのである。
そういえばこの高速移動中、
檸檬心さんから塩さんに1、2回電話が入った。
電話後内容を聞いてみると、あまり身のある話ではないようだった。
おそらく彼は私たちが行く、東京で会えるということで
そわそわして、落ち着かなくて、
とにかく気になって仕方なかったのではないだろうか
と予想しているのだが、はたして真相はいかに。