ふぁんしぃ
2006
机の上には今日もあの真っ白な手紙と
オーストラリア行きのチケットが置かれている。
飛行機の出発日は修論締め切りの次の日。
もうこれはやるしかない。
あいつに会いに行くともう決めてしまったのだから。
「Nobさん今日も来ないですね。」
「さすがに追い込みしてんじゃないか?」
金曜日のいつもの講義室に彼はしばらく顔を出していない。
こんなに集中して過ごす日々…。
これまでの人生の中にあっただろうか。
「今日はやる気しねぇなぁ。」
もちろん机に座ったもののそう思ってしまう日もあった。
そんな時は決まってあの手紙が自分を奮い立たせた。
雪のように真っ白な手紙……でも決して冷たくはない。
暖かな思い出とあいつの笑顔がそこに見えるような気がした。
-これが終わればあいつに会える。
-そしてきっとあの手紙の意味もわかるはずだ。
『愛のチカラ』-そんなモノ認めたくはない。
どちらかというと『シタゴコロ』の方が自分にはしっくりくる。
だけどそれを感じるぐらいの毎日を彼は過ごしていた。
「おわったぁ!!」
パソコンを閉じたのは提出日の朝4時のことだった。
ふとゼミ室を見渡すと、もう誰もいない。
窓の外に目をやると、空は少し白んでいた。
「ながかったなぁ。」
気がつくと雪が降り始めていた。
「明日この雪の中、オーストラリアにいくのか…。
んだぁ、向こうは今季節は夏だ。
夏のオーストラリアは初めてだな。
そうだ、海にあいつを誘ってみるべか。」
そんなことを思いながらNobは出発前日の朝を迎えたのだった。
つづく。
2006
NOBは最近やや集数のつかなくなってきたアドレス帳をさがした。
「うぇるち、うぇるちっと……あった!」
「………………。」
「んーでねぇなぁ。風呂でも入ってんのか?」
あとでもう一回かけてみようと携帯を置きビールをもう一本買った。
プシュッ。
ちょっと暑い車内、冷たいビール、うまい。
駅弁を選ぶ直感も冴えていたようで、これもまたうまい。
-向こうにいたころは、しょっちゅう二人でご飯食べてたなぁ。
そんなことを思うと急に、味気なくなるのだった。
あの子も今頃ご飯を食べているのだろうか。
ふと携帯が鳴った。
「お!うぇるちか?それとも!?」
「…なんだ。でもまぁ母親も心配はするか。」
「はい。もしもし。」
「あんた飛行機大丈夫だったの?」
「あ、大丈夫。」
「そういえば今ひとり?」
「ん?ひとりだけど。」
「そうじゃなくて周りに人いないのかって。」
「まぁひとりじゃないですけど。」
「で、今晩は何時くらいに帰ってくんの?」
「いつだっていいじゃん。」
「じゃあ、今晩の予定はどうなってるの?」
「遊びにいって、テキトーに、んでまぁ夜に。」
「え?なんて言ったの?」
「まぁいいじゃん。」
「あんたいつからオーストラリアいってらのさ。」
「8月1日からです。」
「たまに連絡よこさないと心配するでしょうが。」
「あ、はい…。」
「ま、とりあえず生きてるみたいだからいいけど。」
「あの、隣の人がすごいにらんでて怖いんですけど。」
「そうか、じゃあとりあえず切るね。気をつけて帰ってきなさいよ。」
「はい。それじゃあ。」
めんどくさがったためにまわりにやや顰蹙をかってしまったようだ。
電車が減速を始める。
-そうかもう夢のような時間は終わったんだったな。
-やっぱり今日はおとなしく帰って寝るか。
数ヶ月ぶりの我が家。
旅の疲れからだろうか彼は泥のように眠りについた。
それから何ヶ月の時が過ぎただろう。
彼の修論は架橋に入り、NOBは毎日パソコンに向かい論文を書いていた。
そろそろ仕上げないとまずい。
しかし2ヶ月も旅行に行った彼がすらすらと進むわけもなく、
気がつくと一日が過ぎている、そんな毎日がつづいていた。
-学校いってもたいして進まないし、今日はいいか。
だらだらと時間が過ぎていく。
ふとテーブルの上に何か白い封筒があることに気がついた。
どうやら自分宛の便箋。
白い便箋のまわりには赤と青と白のラインが入っている。
「んー…。エアメール?」
彼は眉間にしわを寄せ、その封筒を開くのだった。
つづく。
>>第15話を見る<<
2006
-あれ?このキーホルダーどっかで…
NOBは腹痛と闘いながら容量の少ない自分の脳をフル回転させた。
-そうだ彼女の部屋で見たんだ。
何回目のデートだっただろうか。
その日二人はいつものようにお酒を飲み店を出た。
「ちょー、これからどーする?」
「…私の部屋に来ない?さっき話したウチの犬にも会わせたし。」
「いいの?」
「…うん。」
マンションの6階、夜景がきれいだった。
「ごらん、夜景がきれいだよ。」なんて言葉をひとり思い出していた。
「まぁ入って。」
「おじゃましまーす。」
その女の住む部屋は決して広くはなかったが、
彼女の育ちの良さを感じさせるような上品な家具が置かれ、
センスのいい小物がいたるところに置かれていた。
「なんか、きれいな部屋だね。」
「そう?」
ふたりで他愛もない話をした。
-こんな時間がずっとつづけばいいのに…。
NOBはそんなことを思った。
ふとタンスの上にある写真に目がとまる。
写真には二人の人が写っていた。
ひとりは少し幼さの残る彼女だった。
もうひとりは……。
「それ、私のお父さん。」
「へぇ、そうなんだ。」
「もう死んじゃったけどね。」
「え?なんで?事故かなにか?
あ、え、いや、話したくなかったらいいんだけど。」
少しうつむいた彼女は、ぽつぽつと話し出した。
「私のお父さんはね、刑事だったんだ。
あれは5年前の冬の朝だったわ、
お父さんが仕事に行く前、私を抱きしめてくれたの。
その時、それがどういう意味なのか私にはわからなかったけど、
お父さんはそのまま、帰ってこなかったわ。」
「後から聞いた話なんだけどね、
お父さんは大きな組織の調査をしていたみたいで、
もしかしたら、その人たちに殺されたのかもしれないんだってさ。
私はまだどこかで生きてるんじゃないかって信じてるんだけどね。
だから寂しくはないんだけど。」
「その写真の隣にキーホルダーがあるでしょ?
私のお父さんがあの日私にくれたの。
大切にもってなさい、でも知らない人に見せちゃいけないよって。
だからそれは父が私に最後にくれたプレゼントなんだ。
でもどうしてMかわからないの。
私も、お父さんも、お母さんもMから始まる人はいないのに…。」
……そうだあの時に見たんだ。
頭のなかがすっきりしたのもつかの間、機内に放送が流れた。
つづく。
2006
離れようとする女の肩を強く、しかし優しくNOBは抱き寄せた。
女の涙に溶けた熱い思いが胸に伝わってくるようだった。
NOBはときおり頭をなでながら
彼女が落ち着くまでずっと抱きしめていた。
-大丈夫だから…。
そう彼女に伝えるかのように。
どのくらいの時間がたっただろうか。
すごい長い時間がたったような気がする。
でももしかしたらそう感じているだけなのかもしれない。
落ち着いたのか女は静かに呟く。
「私ねミノルにホンキで恋をしてたの。
あのBARであったその日からどんどん引き込まれて…。
でも彼には彼氏がいたの。
私バカみたいよね。」
無理をして笑顔を作った様に見えた。
NOBは彼女にかける言葉を見つけることができなかった。
得意の擬音語ですら出てこなかった。
言葉で返す代わりにもう一度強く女を抱きしめた。
-大丈夫だから…僕は君の味方だよ……。
そう伝えるかのように。
またいくらかの時が流れた。
肌を刺すような冷たい空気がふたりを囲んでいる。
でもNOBは暖かだった。
体温というものがこんなにあたたかいものだということを
彼は思い出すのだった。
「…ありがと。少し落ち着いてきた。」
女は微笑みに見えた。
「でもあなたって変ね。
今日初めてあったはずなのにこんなことを話せちゃうなんて。
またいつかこうやってどこかに私を連れてきてくれる?」
「もちろんさ、君さえよければ。」
「ありがと。優しいのね。」
いつのまにか彼女にはもうあの物憂げな表情はなくなっていた。
「あー、あなたの服びしょびしょ。ホントごめんね。」
彼女が笑顔であることに
NOBも自然と笑顔になるのだった。
つづく。
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2006
笑いオトコさんからの投稿。
どきどき、ドキドキ。
―う~ん、まいったなぁ…。
正直、こんなになるなんて…。
だいたい、この格好でここにいること自体不自然で、
これって楽しいんだろうか?
いや、多分楽しいはずなんだよ、きっと…。
そう、そうに決まっている。
どきどき、ドキドキ。
人間は非日常、どこか自分とかけ離れた世界を憧れる。
また自分にないものを欲する。
ミノルもまた当然この自分の感情に気付いていた。
ただ、それは普段幾重に重なった鍵の中の宝箱に入れられていた。
その存在は知られていたが、
中身は知らないことになっている。
いや、きっと想像はついていた。
ただ、開けるのに非常に勇気がいる。
パンドラの匣のように…。
どきどき、ドキドキ。
―私がこの格好でここにいることを、
知っている人が見たらどうなるだろう…。
イメージの違う私を、
本当の私を見られたとしたら…。
どきどき、ドキドキ。
―きっかけは単純なのだろう、多分。
動機を聞かれれば、
『ソコニスベテガソロッテイタカラ。
アト、カギヲアケルセイジツサト、
ジッコウスルユウキガタマタマアッタ。』
という答えになるだろうか…。
ミノルはカクテルグラスを傾けながら、
そっとそんなことを考える自分がまんざら嫌いでないことを確認した。
つづく。
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